「堤家の遺訓」…その深淵にあるもの

かつて、テレビ朝日の報道ステーションで、巻物となった「堤家の遺訓」が再現されて、紹介されていた。
そこでは、トップ(家長)は、財産の管理人であると規定されていた。
この考え方は、「総有」という考え方に近いものがある。

ところが、報道ステーションでは、堤義明氏のワンマンぶりから、西武鉄道の株式名義借り事件を、財産への執着として取り上げるのみであった。その捉え方は、「財産の管理人」と規定する「堤家の遺訓」の考え方を、全く理解しないものであった。

「堤家の遺訓」が、単に、堤家の繁栄のためにのみ創られたとするならば、狭いという感もある。
しかし、財産を、社会に役立つよう「管理する」ことを述べたものだとすれば、立派なことである。
結局、財産を何のために作り、維持するかを明確にすることが必要である。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年04月28日 | Permalink