自分(親)は、誰のために働くか。

 自分とファミリーのため(または、順序を逆にして、ファミリーと自分のため)という人が多いだろう。

1.それでは、自分のために働くというのはどういうことか。衣食住のためにお金を稼ぐ必要があるという人が多いかもしれない。
 しかし、この点については、D.S.ランデス著「強国論」(三笠書房)494頁の指摘以上のものはないと感じている。
 「あまりにも多くの人が、生きるために働き、幸せのために生きている。(中略)働くために生き、その副産物としての幸せを得るべきだ。」

2.次に、ファミリーのために働くというのはどういうことか。単に、ファミリーにお金や物を与えることだろうか。逆に、生き方を教えるというような抽象的なものだろうか。
 このあたりの議論は、哲学的なところもあり、ここでは深入りするつもりない。
 しかし、ファミリーのために働きたいという心情は理解できるところであり、実利的な面に限って考えてみたい。

 自分(親)が働き、所得を得て、税金等を支払い、その残りの中から生活費を負担する。これが一般の(特に給与所得者の)感覚であろう。
 実際に、裁判所も、夫が妻に生活費(婚姻費用)を渡さない場合、子の人数・年齢、夫と妻のそれぞれの収入を基準として、相当な生活費を決めている。
 しかし、資産性所得も考えると、資産が働き、所得を得て、税金等を支払い、残りが出るのである。そこでの自分(親)の役割は、資産が働けるようにマネジメントすることになる。このマネジメントをボランティア精神で行うならば、自分(親)の所得は発生しない。

 このように、働き方を柔軟に考えるならば、実は、法律的にいろいろな形態を設計できる。その工夫をする必要があると考えている。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年05月15日 | Permalink