方丈記(鴨長明)

 方丈記の終わりは、概要、次のとおりだ。
 自分は、執心するなという仏の教えに従い、人里離れた山の中でがんばってきたけれども、静かな明け方に自問してみるに、心は、欲にまみれたままだ。インドの高僧もささやかな庵で修行したが、自分はその跡を汚している。これは報いなのか、心が迷いすぎて狂ったのか。このように自問したが心は答えない。念仏を2、3遍唱えて終わった。

 この終わり方はあいまいで、物足りないと感じる人もあるかもしれないが、生身の人間らしくておもしろいというとらえ方ができるだろう。

 人里離れた山の中でがんばってきたこと自体が、執心するなという仏の教えに反するということに気づき、自らをも無常にシフトしたというとらえ方もあるようだ。無常を、単にはかないものととらえるのではなく、積極的に「無常力」という力のあるものとしてとらえるようだ。

 私は、宗教的な教えもあるけれども、現世に生きる人として生きていこうというメッセージだと思う。このような現実主義は、日本人に昔から受け入れられてきたのではないかと思う。
また、次の世代の人に、どのように自分の考えたこと・行なったことを伝えるかに関しても、考えさせてくれると思う。


投稿者名 管理者 投稿日時 2012年10月25日 | Permalink