「まず街灯の下を探せ」
野口悠紀雄教授が、野口悠紀雄Onlineで次のような記述をされていた。(少し長いけれども引用させていただきます。)
暗い夜道を歩いていて、鍵を落としたことに気づいたとする。どこを探せばよいか ?
物理学者のアドバイスは、「まず街灯の下を探せ」ということだ。これを聞いて、あなたはどう思うだろう ?
「とんでもない。落としたのが街灯の下とは限らない。だから、そこを探したところで、見つかる保証はない。歩き始めた場所に戻って、手探りで探すしかない」と反論する人が多いのではなかろうか ?
鍵が街灯の下に落ちている保証はない。確かにそのとおりだ。しかし、仮に落としたのが暗い場所であったとしても、そこから鍵を探し出すのは、難しい。他方で、光があたっている場所に落ちていれば、すぐわかる。だから、まず明るい場所を、つまり見つけるのが容易な場所を探せ、というのである。暗い場所の探索に乗り出すのは、街灯の下には鍵がないと確認できてからにすべきだ。
物理学者のこうしたアドバイスは、決して詭弁ではない。また、楽をして成果を得たいという怠惰の現われでもない。それは、彼らが経験から学んだ知恵なのである。物理学がこれまで多大の成果を収めてきたのは、「街灯の下原則」に忠実に従ってきたからだ。
新しい現象を説明する必要に直面したとき、物理学者は、新しい理論体系を作るのでなく、古い理論体系をどこまで残せるか、と考えてきた。物理学を大転換させたと一般には考えられているアインシュタインの相対性理論でさえそうである。確かに彼は、「絶対時間」というニュートン以来の基本的な仮定を捨てた。しかし、それ以外の基本的原理を残すためには、そうせざるをえなかったのである。
この意味で、物理学者ほど保守的な人種はいない。しかし、物理学ほど華々しい成果を挙げた学問もないのである。
引用以上
これは、ビジネスにこそ通用する指摘であると思う。
自分の必勝パターンがあって、それに持ち込むことを考えている方は、多いのではないかと思うが、それに通じるところがある。
企業家を、「馬鹿の一つ覚え」と揶揄した話を聞いたことがあるが、私は、繰り返しの強みを存分に見せ付けられている。
全てを遺漏なくとらえようとして、いろいろ考えたり、行なってみることが必要な場合もあるだろうが、意外に、探しやすいところに、ころがっているものである。