難解な文章
小林秀雄氏の文章は、学生時代に多少読んだが、理解できなかった。(そういえば、大学受験に向けた現代国語の試験問題でよく出されていた気がする。)
これと同じような経験は、最近、現代美術に関するいくつかの評論を読んだときにもあった。
よく理解できないものは、自分の側に問題があるからだという教育を受けてきたように思うため、それなりにがんばってみるのだが、最近はがんばりが効かなくなっている。
このため、自分に理解できないのは、相手側に問題があると、だんだんに考えるに至っている。自分に残された時間に限りがある以上、やむをえない。
自分も真理を追究したいのであれば、簡明に(シンプルに)表現したいと考えている。