判例11(東京地 平5.9.21 判時 1480. 154)
株式投資
<事案の概要>
A社は、昭和24年に、メリヤス業界の関係者によって設立された会社であり、現在でも株主の多くは同業界の関係者である。Yらは、A社の代表取締役ないし取締役である。
A社は、その所有する土地建物の賃貸業を唯一の営業とする小規模会社であり、昭和61年に建物の改築を行った際、16年返済の条件で2億円を借り入れ、賃料収入から返済していたが、賃料収入では借入金の元利金の返済に不足していたため、経常利益が赤字となっていた。
A社は、昭和63年に株主総会を開催し、有価証券の売買を目的に加える定款変更を行った。そして、この定款変更に先立ち、A社は、投資顧問会社と投資一任契約を締結し、投資金全額を借入により調達して株式取引への投資を開始した。その後、A社は、投資顧問会社に信用取引口座を開設し、同社から与信を受けて信用取引を開始した。
昭和63年当時、景気は上向きで、株価も上昇傾向にあり、いわゆるバブル経済と言われる時期で、株式投資を行っている会社も多く、不動産を担保とすれば、容易に銀行から融資を受けられるという状況にあった。
A社は、株式投資の資金をすべて借入によって調達し、当初の借入金は2億円であった。そして、その後、株式投資にかかる借入金、即ち投資規模は拡大の一途をたどった。 A社は、当初は株式投資により順調に利益を上げることができた。しかし、平成2年1月に株価が暴落し、加えて、投資顧問会社の投資内容に過大な信用取引、過度の集中投資、仕手株への投資、分散投資の過怠等の問題があったことも重なり、A社は、投資金額の70パーセントにも及ぶ損失を被った。その後も、A社は、投資一任契約による株式取引を継続したが、損失の回復を巡って投資顧問会社との間で紛争が生じ、損失の回復ができないまま投資一任契約を事実上終了させるに至った。
その後、A社は、投資保証金の充当や、増資金による借入金の返済で、債務残高を減少させ、改築関係及び株式投資関係の借入金の金利は賃料収入から支払うことができているが、株式投資関係の借入金元金の返済についての具体的計画は立たない状態であった。
A社の株主であるX社は、Yらに対して、株主代表訴訟を提起した。
<結 論>
責任について積極判断
<判 断 基 準>
基準1 当該行為自体の違法性、危険性の判断
(一般判断)
株価は本来的に上下に変動する性質を有するものである以上、株価が下落することによって損失を被る可能性があることは決して無視することができない。
有価証券取引の専門知識を有する投資顧問業者等の専門家による取引であっても、必ず利益を上げられるとは限らず、市場の状況や投資判断によっては損失を被るおそれがある。
基準2 当該行為が関係者(当該会社、相手方)の経営に与える影響の判断
「株式投資に失敗した場合、投資資金を借入金で調達している上に、賃料収入には右借入金を返済する余裕がないので、元利金の返済が不可能となり、多額の借入金債務を抱えて経営が危機的状況に陥ることは当然予測できることであった。」
基準3 当該行為の必要性の判断
株式投資を行う目的は何か。その必要性があるか。
既存借入金債務の返済のために株式投資を行う必要性があったと主張された。
(判断) 株式投資を正当化するほどの必要性は認められない。
既存借入金の返済は会社の他の収入(賃料収入)により不可能ではなかった。
株式投資の利益金が借入金の返済に充てられておらず、専ら再投資に回したり、役員報酬の一部に使用されている。
<考 察>
株式投資の危険性について、裁判所の考え方がわかる内容の判決である。すなわち、株価は本来的に上下に変動する性質を有するものであり、損失を被る可能性があるという認識である。しかも、専門家による取引であっても市場の状況や投資判断によっては損失を被るおそれがあるとする。結局、裁判所は、株式投資は危険であると一般的に判断している。
しかし、いかなる場合であっても株式投資は危険であると断定するのは問題ではないかと考えられる。株式投資の専門家として、経済状勢、市場の状況、投資対象等について合理的な判断がなされているのであれば、危険性は減少すると考えることができるというべきである。また、結果的に損失を被った場合であっても、当該会社の経営に与える影響の判断において、株式投資の危険性が対応が可能な危険の範囲であると判断できたのであれば、経営判断の法則により損害賠償義務を負わないと考えるべきである。