判例4(東京地 昭55.9.30 判時 1005. 161)

新規の出版

<事案の概要>

A社は、著名な漫画家Yの作品を商品化する目的の会社が経営困難に陥ったことから、同社の版権、出版部門等を独立させて、かつ、同社の負債を引き継ぐ形で設立された会社である。A社は、経営努力により、一時は債務を解消してわずかながらも純利益を上げるに至ったが、編集長が交通事故に遭ったことから、編集部門の整理を行ったところ、激しい労働争議を招いた。この労働争議は、約1年後に解決したが、この間の経営責任を取って、代表取締役はYに交替した。


Yは、Bを企画制作部長に据え、Bは、事実上の社長代理として、社内の改革に当たったが、専制状態となり、社内の対立が激化し、併せて、漫画誌、雑誌の返品率が上昇したことから、経営困難に陥った。A社は、このような状況の中、製本を業とするX社に製本を発注したが、その後、A社は、破産するに至った。

<結   論>

責任について消極判断

<判 断 基 準>

基準1 当該行為自体の違法性、危険性の判断

1.経営状態を悪化させたとの点について

(一般判断)

「取締役の権限はいうまでもなく株主からの委託に基づくものであり、取締役は株主の信任を得てその利益を擁護し、利潤を上げるべく善良なる管理者の注意義務をもって任務を遂行するのであるが、かようにして与えられた取締役の権限は、一旦株主からの信任を得た以上会社の事業の運営について広い裁量権を有するものである。そして、業種による程度の差こそあれ、取締役は事業の運営に当り不可避的に相当程度の不確定要素を含む判断を迫られるものであり、かような場合に取締役が実際にした判断が結果的に適切でなかったとしても、それが事業の特質、判断時の状況等を考え合わせて、当初から会社に損害を生ずることが明白である場合又はそれと同視すべき重大な判断の誤りがある場合は格別、与えられた経営上の裁量権の範囲内であれば、その出所進退の点は別として、取締役としての任務を懈怠したことにはならないものと解すべきである。」

(個別判断)

新規の出版が当初から失敗に帰すことが当然に予想され、会社に損害の生ずることが明白であったとかそのことについて会社の取締役に明白な判断の誤りがあったとかの点については、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

2.製本の発注を放任したとの点について

(一般判断)

「一般に会社が窮状に直面した場合においても、代表取締役・取締役としては直ちに会社の業務を中止するべきものではなく、第三者に対する損害を著しく拡大することが明らかである等無謀の事態が予測されない限り、まず会社の経営の立直しと業績の回復に務めるべき」である。

(個別判断)

発注は、従前とおおむね同じ内容の事業継続に必然的に伴う商品を作り出すための業務で、特に新規の取引ではなく、額も少額で、発注をなすに当ってことさらに詐欺的言動を行った等の事実もないことを考え合わせると、事業継続はむしろ当然のことと言え、その中止が遅きに失したものと言うことはできない。

3.人事・労務管理の監督を怠ったとの点について

「取締役として不手際があったとのそしりを免れないにしても、これらの事実は、むしろ会社の経営状態が悪化したことに伴い発生し、それがさらに悪循環的に経営状態に影響したと言えるに止まり、それが直接的原因であると認めるに足りる証拠はなく、これらの事実と原告の損害との間には相当因果関係を認めることができない。」

基準2

当該行為が関係者(当該会社、相手方)の経営に与える影響の判断

本件では、基準1の判断と混然一体となっている。

2点について

特に新規の取引ではなく、額も少額で会社の経営に与える影響は少ないと考えられる。

3点について

会社の経営に与える影響として直接的なものはない。

基準3

 当該行為の必要性の判断

 (一般判断)

「出版は、元々固定客相手の営業ではなく、旧版の維持販売のかたわら、常に新規の出版を繰り返すことによって読者の維持開拓をし、業績を上げなくてはならない形態のもの。」

 (個別判断)

本件新規出版も読者の維持開拓を目指して行われたもの。

基準4 会社の経営を維持、継続しようという意思、目的かの判断

自己資産を提供して1億円近い資金を投入するなど最終段階まで会社の立直しに努力した。

<考   察>

判例では、基準1(当該行為自体の違法性、危険性の判断)に関し、上記のとおり3点について争点となっているが、具体的な行為ないし不作為が問題となる以上、第1点の争点の立て方は疑問である。すなわち、経営判断の是非を判断するにあたっては、「経営状態を悪化させた」という漠然とした論点ではなく、具体的な行為ないし不作為を明確に取り出し、その是非を問題としなければならないのである。

本件は、基準1ないし4について分析するならば、自然に結論が導き出される事案である。すなわち、基準1ないし4を全て充足しており、また、基準間で対立する要素がないため、判断に迷う要素は少ないといえる。

ただし、人事・労務管理の監督について取締役として不手際があったとのそしりを免れないならば、損害との間に相当因果関係を認めることができないと単純に断定してよいのか疑問は残る。結局、第3点の争点の立て方も、具体的な会社の行為ないし不作為との関係で人事・労務管理の問題を位置づけるべきものと考える。経営判断を問題にするのであれば、あくまでも会社の具体的行為を通じてその是非を論ずるべきである。


投稿者名 管理者 投稿日時 2015年06月26日 | Permalink