判例6(名古屋地 昭57.3.11 判タ 475. 188)
取引先への融通手形振出による仮払金の累積
<事案の概要>
A社は、主に台湾向けの繊維機械の輸出を業とする会社であり、Yは、同社の代表取締役である。A社は、台湾の取引先より700台余りの繊維機械の発注を受けていたが、オイルショックに伴う台湾市場の不況のため、取引先から500台位の納入残について、すべて注文取消の通告を受けた。A社としては、高価な機械であるうえ、繊維機械のメーカーであるBに対して、機械代金の前払金として多額の約束手形を振出し、これによって、材料代の異常な高騰に対してできるだけ材料を確保するよう指示していたため、この注文取消によって重大な局面に立ち至った。
一方、B社は、A社が取り扱う機械の唯一のメーカーであり、ほとんどをA社に納入していたので、この注文取消にあい、A社とともに重大な危機を迎えた。
A社は、台湾側と交渉し、台湾の景気が好転して船積みが可能になるのを待って順次可能な範囲で輸出して行く合意ができ、B社もこれに従った。しかし、B社としては、製造販売が落ち込むことにより、会社の存続自体が危なくなるので、製造及び納入を見合わせる代わりに、将来納入する機械代金の前払金として、金銭を支払うようA社に要請し、同社は、仮払金として、毎月多額の約束手形をB社に振出して同社に交付し、その仮払金の残高は、極めて高額に上った。
B社は、A社から受け取った約束手形を譲渡して資金化していたため、A社はこれらの約束手形を決済する必要があった。もっとも、仮払金は、A社が現実に機械の納入を受けた場合はその代金と相殺されるべきものであったが、不況が長引いたため、買受代金だけでは到底賄うことができず、資金に窮するに至った。その後、予定していた融資を受けることができなかったため、A社は破産するに至った。
X社は、破産の直前に、A社に対して繊維機械を販売し、A社から、その代金支払いの方法として、約束手形を交付されていた。
<結 論>
責任について積極判断
<判 断 基 準>
基準1 当該行為自体の違法性、危険性の判断
仮払金は、返還が予定されておらず、不確実な将来の売買代金債務との相殺が考えられるほかには返還を担保すべきものは何も存在しない。
基準2 当該行為が関係者(当該会社、相手方)の経営に与える影響の判断
金額は著しく高額(2億2000万円を超え、流動資産、固定資産の合計よりはるかに多額)であり、長期(昭和47年4月1日から昭和52年4月1日まで)にわたり累積されている。
業界が不況であった。
会社の規模と経営内容に照らして判断。
基準3 当該行為の必要性の判断
立証責任が経営者側に逆転している判決内容であり、経営判断の法則を採用していないように受け取れる。しかしながら、以下の判断内容は、当該行為の必要性についてのものであると解しうる。
「仮払金を累積させたことは、これを合理的とする特段の事情のない以上、放漫な経営方法であったといわなければならない。」
「見通しが経営者として不合理とはいえなかったと認定するに足りる的確な立証はなされていない。」
仮払金の額が合理的な説明のできる余地の全くないケースであると考えられる。
<考 察>
裁判所が、経営者側に合理性の立証責任があるとするならば、経営判断の法則からは理解しがたい判例である。
しかしながら、経営判断の法則を適用する前提として、判断基準1ないし4の各点について分析することを必要と考える著者の立場からは、基準3(当該行為の必要性の判断)についての検討結果を記述したものであると善解できる。
結局、本件においては、融通手形の振出による仮払金の累積を漫然と続けたものであり、その間の合理的な再建策がなかったといえる。
なお、裁判所は、仮払金は返還が予定されていないと認定するが、本件仮払金は貸付と認定できたのではないかと思料する。貸付金であろうが仮払金であろうが同様に問題となったものであると考える。