判例7(東京高 昭60.4.30 判時 1154. 145)
新たに債務を負担すべき契約締結
資金繰りの方途につき全く目鼻が立たず、下請業者に対し下請代金を約束どおり弁済できる見込みが極めて少なかったにもかかわらず、横浜市から請負った中学校体育館新築工事のうちの木工事を下請させたケース。
<事案の概要>
A社は、土建業を営む会社であり、Yは、同社の設立以来、一貫して同社の代表取締役を勤めて来た。A社は、設立後数次の増資をして資金の確保に努める一方、相当数に及ぶ官公庁の工事の受注に成功し、工事の内容についても取引先(注文者)から良い評価を得ていた。
しかし、オイルショック以来、工事量が減少し、資金繰に追われるのが常態となった。その後、A社は、資金繰がますます苦しくなり、ともに金策をしていた取締役の死亡により、資金繰の方途について全くめどがつかない状態となった。
このような中、Yは、仮に下請業者の支払に充て得る資金が不足しても、従前と同じく下請業者は手形の書替に応じてくれると考え、A社は、横浜市から請負った中学校体育館新築工事の内の木工事をX社に下請させた。
結局、A社は、この下請代金を支払うことができず、破産するに至った。
<結 論>
責任について積極判断
<判 断 基 準>
裁判所の判断
(一般判断)
新たに債務を負担すべき契約を締結するに際しては、右債務を期限に弁済できる見込があるかどうかを子細に検討し、その見込が極めて少ない場合にはそのような契約を締結しないようにする注意義務がある。
(個別判断)
経営者は、たとえ期限に約定の弁済ができなくても、債権者より手形の書替を受けるなどして支払の猶予を得、事業を継続することができ、手形の不渡、倒産という事態を避けうるものと考えた。これは、従前下請業者は手形の書替に応じてくれていたので、今回もそのようにしてもらえると考えたことによる。しかし、その判断は軽率である。
<考 察>
基準3(当該行為の必要性の判断)に関する検討をなすと別途検討を要する問題が浮かび上がる。すなわち、横浜市から請け負った中学校体育館新築工事を進めるために、そのうちの木工事を下請させたといえる場合、会社にとって下請させる契約締結は必要であったといえる面もある。中学校体育館新築工事を請け負った以上、請負を完成させる義務があるといえる。また、請負代金債権を確保するためにも工事の着手、続行は必要のはずである。
ところが、裁判所の判断は、下請代金の支払債務を期限に弁済できる見込が極めて少ない場合には下請契約を締結しないようにする注意義務があるとしている。これは基準2の判断(当該行為が関係者(当該会社、相手方)の経営に与える影響の判断)を優先したものと考えられる。
裁判所は、会社の収支バランスから考えて、新規取引にはいる相手方に迷惑をかけないことを優先した価値判断をなしていると考えられる。