判例10(東京高裁 平1.2.28 判タ 723. 243)
支払手形の振出
経営の悪化した有限会社の取締役が製品材料購入のため手形を振り出したが結局倒産したケース
<事案の概要>
A社は、当初、アルミ亜鉛のダイキャストで自動車部品や電気製品の部品等を製造していたが、B社からスロットマシンの部品製造等を受注するようになり、爾後、B社に対する売上高がA社の全売上高の7割を占めたこともあった。
A社の取締役は、B社の社長から、近くスロットマシンの規制法令が改正され、その場合には、大幅な販路の拡張が見込まれ、増産が必至になるとの情報・助言を得たことから、多額の資金を投入して、工場を増築し、部品の増産を行った。しかし、規制法令の改正は予想に反して延期になり、しかも、改正後はスロットマシンの仕様が統一される可能性が生じたことにより、B社は、A社に対する発注を急激に手控えるようになった。
このため、A社は、資金繰に窮し、取引銀行から融資を受ける等して当座をしのぎ、翌年に予想される法令改正による事態の好転を期待して通常の営業活動を継続していたが、同社の資金状況を察知した大口債権者が、A社の工場内の機械、在庫品、帳簿類などを持ち去り、また、A社が取引銀行に割引き依頼中の手形を引き上げる等強硬な債権回収手段をとる等したため、結局、A社は不渡り手形を出して事実上倒産するに至った。
Xは、A社の取引業者であり、B社の発注が急激に手控えられる前後に部品材料をA社に納入し、同社より代金支払いの方法として、約束手形の交付を受けている。
<結 論>
責任について消極判断
<判 断 基 準>
基準1 当該行為自体の違法性、危険性の判断
(一般判断)
会社の経営状態が悪化したとしても、経営者としてはその経営を立て直すために融通の獲得、その他の方策を講ずることによってなお経営の継続を図ろうとすることは当然であるから、単に会社の経営状態が悪化したとしても、その一事をもって、取締役が行ったその後の取引・手形の振出し等の行為(本件についていえば、製品材料の購入とその代金支払のための本件手形の振出し)が直ちに取締役としての任務違背に当たるというべきではなく、その行為が専ら当該取締役個人や第三者の利益もしくは損害発生を図るためになされたものであるなど、それがその行為の当時の事情に照らして著しく不合理と認められる等の特段の事情がない限り、取締役としての任務に違背したものということはできないというべきである。
基準2 当該行為が関係者(当該会社、相手方)の経営に与える影響の判断
取引は不相当に多額のものでもなかった。
基準3 当該行為の必要性の判断
取引は製品材料の購入として必要なものであった。
基準4 会社の経営を維持、継続しようという意思、目的かの判断
会社の経営を維持、継続しようと努めていた。
他の取引先との取引状況に特段の変化がない。
翌年に予想されるスロットマシンの規制法令の改正による事態の好転を期待していた。
<考 察>
経営判断の法則の考え方を採用しているとされる判例である。すなわち、経営判断の法則の考え方が一般論として明確に記述されている。
ただし、本件は、基準1から4まで分析的に検討するならば、基準1ないし4を全て充足しており、また、基準間の優劣が問題となるケースでもなく、特に問題があるものではない。結論は自然に出る事案である。