人は皆、あまりに社会的になりすぎている。
人は皆、あまりに社会的になりすぎている。
社会を理解することは、知的な面がある。このため社会的に考えることが良いとされる面がある。
しかし、自由と権利の枠組みをきっちりとすれば、政治なんかどうなっても構わない。人のことなんか構わない。
格差社会になろうが、自分はその中で登っていくだけだ。
人は皆、あまりに社会的になりすぎている。
社会を理解することは、知的な面がある。このため社会的に考えることが良いとされる面がある。
しかし、自由と権利の枠組みをきっちりとすれば、政治なんかどうなっても構わない。人のことなんか構わない。
格差社会になろうが、自分はその中で登っていくだけだ。
新聞、雑誌の切り抜きをインデックス付のファイルにとじる。
ときどき読み返すこと
並べ直すこと
その中で新しいことに気がつく。
情報を物のように手にしてみること。
庭の作り方について考えを更新するためには、相応の時間がかかった。
作った人から受け継いだという意識だったこと。
そもそも庭の植物(要素)についての知識がなかったこと。
庭作りの基本事項(構成)も知らなかったこと。
そもそも個人庭を見ていないこと。
本は残されても、後継者は、その全てを読むことはできないだろう。
そもそも残された本は、亡くなった人が、その一生の間に読んだものであって、後継者が同じ時間を使う事は到底無理な話だ。
したがって、本を残すことによって後継者に読んでもらうことを期待するのではなく、自分が重要であると感じたところとかを伝えて理解してもらうことになるだろう。要約・圧縮が必要だ。
書類の保管場所が明確となっていない会社・人が多いと思う。
保管場所が明確となっていないのは、書類の保管の体系が決まっていないことが原因だ。
まずこの保管の体系を決めることが必要で、保管を進める中でその体系は練り直していけば良いだろう。
保管の体系は、後継者にも理解しておいてもらう必要がある。
残された人が、いろいろな書類をすぐ使えるように、体系的に整理しておく必要がある。
その体系は、残される人と一緒に作る必要がある。
新しい本も買うが、これまで買って残した本を整理することも楽しい。
スペースがあれば、残せるものも多い。
ある保険の申請をしたところ、その保険で利用される用紙で診断書を書くことを求められた。
診断といっても、死亡のケースであり、死亡診断書は既に作成されているのに、専用の用紙での診断書が求められた。このこと自体が、極めて非効率であると思われる。
そして、死亡診断書は既に作成されているのに、専用の用紙での診断書を作成してもらうのに、医師の側では、2週間から4週間かかるという。いろいろな事情があるのかもしれないが、これほどの時間が必要であることは、これからの時代では通用しないのではないだろうか。
IT技術で読書の方法も変えないといけない。
昔の著名な著書の作り方を越えていく必要がある。
住宅の流通を世界的に比べた場合、日本は中古住宅よりも新築住宅の取引が圧倒的に多い。これに対して、アメリカやイギリスは、中古住宅の流通が圧倒的に多い。
日本における人口減少は、世帯数の減少となり、住宅の個数は、制限される方向に行くだろう。
コロナ禍によりネットを使った働き方が進む中で、仕事場はこれから大きく変わる。これまでのように恐竜のような大きなビルは必要ないのではないか。
これに対して、住まいは、より環境の良いものになっていくだろう。
こうしたことを考えると、不動産投資のあり方も変わっていくことになる。
住まいとしては、集合住宅を作ることを減らす。
そもそも集合住宅は、プライバシー保護の点で問題がある物件が多い。
また、再建築にあたっては集合住宅に住む人の意見がまとまらないと簡単に進められない問題がある。
環境の良い戸建て物件を取得する。
商業施設については、ある程度の規模と店舗の集約が必要だろう。