紛争管理システム

 紛争を未然に防止したり、紛争を解決するためには、コミュニケーションの役割が重要である。
 このため、コミュニケーションの能力を高めることは、常に考えなければならず、実行される必要がある。
 しかしながら、個々人の能力に期待するというだけでは、永続性が保証されない。
 したがって、システム(仕組み)として考えなければならない。この際、「紛争を解決するよりも、紛争を管理する方法を考える」というやり方が重要である。

紛争が生じると、解決しなければならないし、根本的な解決を目指すことが必要であるが、いつでも、すぐに、それができるものではないと思われる。紛争を「おもりする」という感覚が必要だと考える。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年06月24日 | Permalink

偉大な人は、突然生まれるものではない。

偉大な人というと、大げさな感じがするかもしれない。それぞれの立場でとらえていただければよい。

偉大な人が生まれるにあたっては、そのファミリーに多くの蓄積があったからである。

いろいろな蓄積(土壌)の上に、偉大な人(花)が登場することを理解するべきである。
いろいろな蓄積とは、経済的なものだけでなく、人脈、価値観、育ちなど、ファミリーの全てが含まれる。

しかし、ファミリーの内輪まで見ることは、通常、難しいし、紹介されることも少ない。したがって、偉大な人が生まれた背景について、その全体を理解することは、至難のわざだと思う。

注意深く検証し、洞察力を働かせるしかない。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年06月23日 | Permalink

スリーサークル・モデル

 「ファミリービジネスを考える上で最も基本的なモデルは、おそらくハーバード大学のジョン・デービス教授らが提唱する、『ファミリービジネスは相互に影響し合うサブシステムで構成された複雑なシステムだ』という考え方だろう。そこで想定されている基本的なサブシステムとはファミリーのシステム、経営のシステム、そしてオーナーシップのシステムの三つである。このような切り口とこれらが相互に影響し合う様子は、重なり合う三つの円の形で表される。」(「ファミリービジネス 永続の戦略」ダイヤモンド社 33頁)

 このスリーサークル・モデル(スリーサークル・フレームワーク)を参考に考えてみたい。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年06月20日 | Permalink

ファミリー集会、ファミリー評議会

 欧米の書籍を見ると、ファミリーの運営にあたり、ビジネスの世界での株主総会、取締役会に相当するものとして、ファミリー集会、ファミリー評議会が紹介されている。
 日本では、ファミリー集会、ファミリー評議会というような名前を使って実施していることは少ないだろうが、それに相当するような会合は開いているのではないだろうか。
 家族の中では気恥ずかしくて、そのような名前を使いにくいのかもしれないが、名前にこだわるかどうかは後から考えても良いが、現在、それに相当するものが開かれているのか全く開かれていないのかは考えてみるべきだろう。
 核家族と言われて久しい現在、意外にファミリー集会、ファミリー評議会に相当するものは開かれていないのかもしれない。もしも自分のまわりがそうであるならば、ねらいをよく考えて試みても良いのではないかと思う。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年06月19日 | Permalink

因果の法則

 レコーディングダイエットを続けている。毎日、起床すると、体重と体脂肪を測定する。食べた時刻、食べた物、そのカロリーを記入し(食品によってカロリーが表示されているし、毎日記録すると大体の食品のカロリーがわかってしまう)、寝る前に総カロリーを計算する。
 特に、ダイエットをしようという心意気はなく、ただ記録しようよいう心意気はある。これが私の性格なのかも。
 記録すると、明確な因果の法則が存在することに気づく。明日の体重を予報できる。カロリーが、体重を支配している(病気であれば別だろうが)。「私は水を飲んでも太る体質なんだ!」と言訳していたけれども、全くのウソである。因果の法則が、この世にはあることを痛感させられる。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年06月18日 | Permalink

先祖の苦労を物語るものこそ家宝である。

徳川家康は、武田信玄との三方ヶ原の合戦の中で、命からがら逃げ帰った際の疲労困憊した姿を描いた絵を子孫代代見せたという。
本来ならば、あまり見せたくない姿のように思われるが、全く別の考え方をとっていて興味深い。

我家には、先祖が店先で座っていた、木の折りたたみ椅子がある。
その簡素なつくり、使い込まれた跡は、自分のできる範囲のことをきちんと実行した姿が読み取れる。機を見るに敏であったかどうか、事業を拡大させたかどうかの前に、きちんと守った姿を想像するべきである。

また、我家には、誰が描いたか不詳であるが、竜の絵や家紋を墨で描いた物がある。
器用な手先、熱意を感じることができる。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年06月12日 | Permalink

承継は、単に親から受け継ぐことだろうか。

 事業を維持・展開してきた親は、その事業が成功しているほど、その事業が世の中で1番重要なものと見る。そうは見ないよと言う人でも、自分にとって1番重要なものと見るだろう。
 すると、その重要なものを、どのように子に承継させるかという考え方になる。そうなると子の方でも、親の持っている重要なものをいかに引き継いでいくかという考え方になる。
 しかし、私が経験し、観察するかぎり、事業の承継とはそのような単純なものではない。物の所有権(会社の株式)であれば、親から子に単純に移転するだろう。しかし、事業を維持・展開していくためには、親のものを子が承継するという考え方では成功しないだろう。そもそもそのような考え方の子では、事業を維持・展開するだけの力量がないだろう。
 私が観察するに、子は子で自分の事業を創出し、展開していることが不可欠である。同じ会社の中では、法的な意味で、子の独自の事業とは認識されないかもしれないが、子は、自ら、また、自らのスタッフと協力して事業を創出しなければならない。そして、それを成長させる中で、子自身も力量をつけていく。
 そのうちに親に万一のことがあっても、子は親の事業を吸収するように自分のものとする。これが承継のイメージである。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年06月09日 | Permalink

現在を全体的に理解し、将来を考える役割の人

この役割の人が、必須である。
その人は、一族のメンバーのための、ロジスティックス(後方支援)を担うであろう。
お金がないために、是が非でもしなければいけない事柄が、できなくなってはならない。
一族のメンバーには、才能をどこまでも伸ばしてほしい。そのためには、必要なお金を惜しんではならない。
もちろん必要性の検討は、厳格に行う必要がある。
将来的には、一族のメンバーだけでなく、有能な人材にも拡大する必要があるとは、考える。
しかしながら、現時点では、一族のメンバーのためと考えても良いだろう。

以上のようなことを考えると、一族(ファミリー)が、将来、基本的生活ができること、能力発揮のために思い切った支出ができること、のために、ファミリー企業を創ったらどうだろう。
ファミリー企業の管理は、この目的のために行われる必要がある。
その管理は、一族の中で最も能力、品性の優れた者が行う必要がある。
ただし、その管理は、名誉であって、報酬が伴うものではないとしたい。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年06月03日 | Permalink

子は、親に認めてもらいたいという心情が、根底にある。

子が、不安を感じた時、その原因をとことん追究していくと、親に認めてもらえるだろうかという心情に達する。
したがって、子が、「どうしたら良いか分からない。」という悩みを発するとき、「こうしたらよい。」という答えが適切とは限らない。それよりも、親は、子を認めているということが伝われば良いのである。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年05月27日 | Permalink

自分(親)の力量は、どこにあるか。

 この問題は、人それぞれにより異なっており、大事なことは、それを十分に考え、書き出して、活用するということである。
 
その上で、税務が対象とするところと比べ、その差を明確にすることである。
 
また、ファミリーの心情から、何が求められているかについても考えてみると良いと思う。


投稿者名 管理者 投稿日時 2008年05月20日 | Permalink