アメリカでは、再婚の場合によく実行され、法的にも有効な婚前契約書があります。
 これは、日本ではどうなのでしょうか。すでに財産を形成している人が結婚する場合、離婚の可能性も考えるならば、離婚問題が生じた場合の混乱と時間の浪費を避けることは、必要でしょう。このことは、日本でもアメリカでも、基本的には差がないと思いますが、日本の場合、限界もあるように感じています。
 日本では、ある資産家の男性の離婚をめぐり、婚姻届の提出前に、「誓約書」を作成したケースを見ることができます。
 この「誓約書」は、資産家の男性の実子(前妻との間の子)とのトラブルが生じないように、相続まで言及しており、法的に多くの論点があるため、ここではすべてについて説明することはできませんが、離婚問題に限定するならば、次の点が参考になります。

「誓約書」には、概要次の記載がありました。
 「将来いずれか一方が自由に申し出ることによって、いつでも離婚することができる。
妻の申し出によって協議離婚した場合は、下記の条件に従い財産の分与を受け、それ以外の一切の経済的要求をしない。
婚姻の日から5年未満の場合、現金にて○○円
       10年未満の場合、現金にて△△円
       ・・・・・・・・・
夫の申し出によって協議離婚した場合は、前項の金額の倍額とする。」

 裁判所は、「誓約書」は、将来、離婚という身分関係を金員の支払によって決するものと解されるから、公序良俗に反し、無効と解すべきであるとしました。
また、夫の側は、「誓約書」を、協議離婚、裁判離婚を問わず、最終的に、離婚が定まった場合に、将来の財産分与額を定めた婚姻財産契約であるとして、その限度で有効と解すべきと主張しましたが、裁判所は、そのような解釈は、上記の明確な文言に反するものであって、採用できないとしました。

 


 夫婦が、婚姻の届出前に、その財産について別段の契約(夫婦財産契約)をしなかったときは、その財産関係は、法律の定めるところ(法定財産制)によります。
 日本では、夫婦財産契約は、あまりなされていません。したがって、多くの夫婦は、法定財産制が適用されて、離婚の場合も、それによって決められます。
 夫婦財産契約が、なぜあまり利用されていないのかについては、いろいろ意見があるところだと思いますが、基本的には、利用しにくいからでしょう。

 婚姻の届出前(同時もOK)に契約しなければいけないこと。
 登記をしなければ、夫婦の承継人・第三者に対抗できないこと。 
 夫婦財産関係は、婚姻届出の後は、変更できないこと(管理が失当の場合、例外あり)。
以上の点が、利用しにくい点でしょう。

 契約は自由である原則からすると、現代に合わない規定だと思います。
 しかし、それでも、目的によっては、利用してみる価値があるでしょう。たとえば、妻が夫の家を自宅として利用する場合、その保護をより強くするためには、有効です。
 また、夫婦間での効力のみに限定しても良いのであれば、登記の必要はありません。


 夫婦財産契約は、登記までされるケースは少ない。 しかし、登記をしなくとも、夫婦の間では効力がある。
 具体的には、次のような合意はよくあるものと考えられるが、有効である。
「生活費は、夫の給与だけをあてて、将来、子供ができたときのために、妻の給与は、全部貯金する。」
「夫は15万円、妻は10万円をそれぞれの給与から出して、それを生活費にあて、自分の衣服費、昼食代、遊びのためのお金は、それぞれの給与の残りから出す。」
 書面によるべきという規定はなく、口頭でも有効である。
 問題は、このような合意が認定されると、民法の条文上、離婚になるまで効力が継続することである。夫婦財産契約は、婚姻届出前になされる必要があるが、結婚する前の二人の認識と、夫婦仲が悪くなってからの二人の認識は、大いに異なることが多いため、婚姻届出前の合意が認定されると、思わぬ「縛り」となる。
 結婚の前から、注意する点があるといえる。


 平成15年の判例として、「清算対象財産の形成には、被告(夫)が公認会計士という特別の資格を有して高額の収入を得てきたことが多大な貢献をしていることが明らかであるが、他方、原告(妻)も、家事及び育児の全てを取り仕切ってきたばかりでなく、自宅マンション購入の際の頭金として婚姻前からの預貯金約225万円及び母からの交付金200万円を支出したのであって、上記財産の形成、維持に少なからぬ貢献をしてきたと認められ、本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、上記財産に対する原告(妻)の貢献、寄与の割合は3分の1と認めるのが相当である。」とするものがある。
 自宅マンション購入の際の頭金は、別の考慮とした方が、筋が通るようにも思われるが、裁判所は、ざっくりと判断している。

 また、平成12年の判例として、夫が1級海技士の資格を持ち、1年のうち6か月ないし11か月の海上勤務をして、多額の収入を得ていたケースについて、資格を取得したのは夫の努力によるものというべきであり、海上での不自由な生活に耐えた上での高収入であれば、夫の寄与割合を高く判断することが相当であるとして、妻に対して支払われる金額を、形成財産の約3割としたものがある。

 ただし、この判例のような感覚が、現代でも妥当するのかどうかは、不明である。最近の判例では、あまり見つけられないように思われる。


 財産分与をめぐっては、財産形成に対する寄与割合をめぐり、争いになることがある。特に、働く男性と専業主婦との間で問題となるだろう。
 しかし、この点については、時代とともに変化していると言わざるをえない。
 昭和63年の判例として、「相手方(夫)は、その間も申立人(妻)から家事労働を含め種々の協力を得て勤務を続けてきたことが推知され、申立人(妻)の主婦としての寄与貢献を考慮すると、その寄与割合は少なくとも30パーセントと評価するのが相当である。」とするものがある。
 ところが、平成19年の判例では、「寄与割合は、専業主婦であったことを考慮しても、5割と認めるのが相当である。」とするものがある。
 この変化は、働く男性の立場からすると納得がいかないこともあるだろう。「三食昼寝付きでも5割である」と聞かされたことがある。
 寄与度については、夫婦で平等の推定が働いていると考えられ、この推定を破る特別の事情が存在しないと、覆すことは難しいと考えられる。


 少し難しい話になりますが、条文の論理的な解釈からは、問題も出てきます。
 民法755条の規定からは、婚姻届出後に契約をしても、夫婦財産契約にはあたらないことになります。
 それでは、通常の契約としての効力はどうか。夫婦財産契約が存在しないということになれば、民法760条以下が定める法定夫婦財産制によることになっています。民法758条1項は、夫婦の財産関係は、婚姻の届出後は、変更することはできないとするため、法定夫婦財産制から、契約によって定められる夫婦財産制に変更することはできないことになります。
 しかし、婚姻破綻後にもかかわらず、何とか合意に達しているのに、その効力がないとするのは、実際的に妥当でないとの判断がなされます。
最高裁判決も、傍論ながら、合意の効力を認めています(最判昭43.9.20)。


 平成17年の判例として、夫がサラリーマンとして財産の形成の基本部分を負担し(妻は専業主婦)、平成元年に相続が開始した夫の父親の遺産のうち、家計費や財産分与の基礎財産にどの程度繰り入れられたか証拠上明らかではないが、全く遺産からの流入がないとは言えないとして、寄与割合を夫6割、妻4割としたものがある。
 夫が父から相続した財産は、本来、離婚の際、分割の対象となる共有財産ではない。しかし、これが崩されて、共有財産にまぎれ込んでしまったとき、それを寄与割合で評価したものである。財産分与の基礎財産に、どの程度繰り入れられたか明確であれば、もっと評価されたかもしれない。この点で、財産を相続などで取得した人は、注意する必要がある。


 離婚に伴う財産分与では、その夫婦のすべての経済的な断面を見ることになる。相続の発生に伴う遺産分割に近いものがある。
 最初から離婚を想定して財産管理をする人は少ないだろうが、離婚に立ち会っている弁護士としては、多少はそのことを意識した方が良いように感ずる。
 離婚になったとき、一方が、ある財産を使う必要性が高ければ、その人が取得できるような配慮は、ある程度される。しかし、思ったとおりにすべてが運ぶものではない。離婚になったとき、財産分与がどうなる可能性が高いかは、確認しておいた方が良いだろう。


 「給与はすべて妻(夫の場合もあるだろうが)に渡しています。」という人がいる。そのことにより夫婦仲が良くなり、最後まで夫婦が安泰ならば良いことだと思う。
 しかし、離婚に関与する弁護士としては、そうでないケースを何度も見てきた。妻がどこに財産を置いているかわからないと、不利益を受けることがある。自分の収入からすれば相当額残っているはずだと主張してみても、財産の所在を立証できなければ、妻から財産を取り戻せないのが現実だ。
 ただ、逆に、財産のすべてを夫が管理し、妻には領収書で確認できた金額しか渡さない人もいるが、それは夫婦のあり方として、うまくいかないだろう。
 結論としては、どこかでバランスがとれる線を見つけるしかないだろう。何か駆け引きのように感ずる人もいるかもしれないが、駆け引きをしなさいということではなく、仲良くバランスをとることはできると考えて、話をした方がよいだろうと思う。


 自分が働いて得たお金の管理を、相手方にすべて任せることは、夫婦のあり方として美談のように思う人がいる。「それだけ信頼していますよ。」という証しだと考えるのだろう。
 しかし、このホームページの別のサイトである「ファミリービジネスサポート」のテーマでもあるが、そのような人は、お金の使い方について考えなければならない点が多いように思う。
 お金の使い方について十分に考えるならば、財産管理は自分で行なうことになるだろう。
 もちろん、妻(夫)から、生活費を渡してくださいとは言われるから、その金額をめぐっては、十分に話し合うことが必要だ。しかし、自分でこのように投資したいと考えるならば、それを確保するべきだ。
 投資というと、何か特別な世界があるように考える人がいるかもしれないが、消費してしまうのか、何か形を違えるのかというくらいのことである。誰でもしていることだと思う。
 投資が進むと、消費と投資の板ばさみに悩むだろう。