面会交流に対する寛容性

 子と非監護親との面会交流に対する裁判所の立場は,子の健全な成長に重要な意義があるため,面会交流を実施すること自体が子の福祉を害する特段の事情が無い限り実施すべきであるという原則的実施の方向性です。
 比較法的に見ても,米国では面会交流を認める親に適格性を肯定する判断枠組みを採用していることから,日本においても近時,子の引渡し案件の裁判例を中心に,考慮要素に取り入れているものが散見されます。

近時の注目事例

 面会交流に対する寛容性を主たる根拠として非監護親(父親)に親権を認めた裁判例(千葉家庭裁判所松戸支部平成28年3月29日判決判例時報2309号121頁)が大きく報道されました。
 離婚訴訟の判決書記載認定事実によれば,夫が国家公務員,妻が休職中かつ大学院生であり,夫の出向による転居により住居と通学先が遠くなったことから,夫が家事育児の負担を大幅に増やし,妻は通学のために長女を置いて実家に帰ることが何度か生じ,長女の保育所手配・ベビーシッター利用を夫が進めていたという環境です。夫婦間の見解相違から口論が激化し,離婚交渉中に妻が夫に連絡することなく保育所から長女を連れ出し,そのまま実家に連れて行き別居をしました。夫は直ぐに妻側に返還を求めましたが叶わず,妻側は別居から3か月間は面会交流に応じていましたが,片親と会えなくなる子供の現状を特集したテレビ番組に夫側が提供した長女の写真が登場したことを端緒に面会交流も拒否し,電話での間接交流も半年後には拒むようになりました。結果として,判決日までに妻は約5年10か月間長女を監護し,その間に面会交流は6回程度しか応じていません。訴訟では,妻側は長女の親権を希望すると共に月1回第三者機関を利用して2時間程度の面会交流実施を希望し,夫側も親権を希望すると共に年間100日程度の面会交流実施を保障しています。
 以上の背景をふまえ,裁判所は特に判断基準を明確に打ち立ててはいませんが,「これらの事実を総合すれば,長女が両親の愛情を受けて健全に成長することが可能とするためには,被告(父親)を親権者と指定するのが相当である。」と判事しました。

上記裁判例の射程

 上記離婚訴訟は,控訴審で第1審が取り消され,母親を親権者とする判断が下りました。控訴審の考慮事項は,未成年者本人の意思を尊重しており,紛争長期化を背景とする子の成長で判断が逆転した感が否めません。
 第1審は,総合考慮の事由の中に夫側の面会交流実施に向けた計画案を摘示していることから,寛容性を考慮要素にしていることは明らかです。もちろん,夫側の用意した予定監護環境による適格性も評価されていますが,5年10か月の別居期間中に僅か6回(しかも最初の3か月間)しか直接交流を許さなかった妻側の対応への問題意識が,特に窺われるところです。
 従来,重視されてきた母性優先・継続性維持からすれば,予想される結果としては妻側への親権者指定であった故に(未成年者が幼年かつ女児であったことも大きなポイントです。),第1審のような面会交流の寛容性を重視する傾向が強くなれば,非監護親,特に父親側の援護射撃になる事案であることは間違いないでしょう。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2016年07月27日 | Permalink

子の意思の尊重

 家事調停・家事審判では,判断結果が子供に影響を受ける手続の場合,子の年齢及び発達の程度に応じて,子の意思を尊重しなければならないと規定されています。(家事事件手続法65条,同法258条1項)

15歳以上の子供の場合

 子の年齢が15歳以上の場合,審判・訴訟時に子の意見聴取が必ず行われます。(家事事件手続法169条2項,人事訴訟法32条4項)
 まさに,子が親を選ぶ方式であり,親権者指定の判断要素として重く用いられることになります。

15歳未満の子供の場合

 聴取方法としては,家庭裁判所調査官による聴取や子自身の陳述書を作成・提出するというのが一般的です。難しいのは,①子に意思を表明するだけの最低限の能力があるのか(意思能力の有無)②子が自由意思に基づいて表明できるか,という2つの問題が潜んでいることです。
 意思能力は,10歳前後から事理弁識能力が生じてくることを理由に肯定されることが多いため,より幼い子については積極的な意向聴取はされず,他の考慮要素によって判断されることになります。
 自由意思か否かは,監護親の影響度によっても変化します。人身保護請求による子の引渡し案件の事例ですが,一見すると監護者の監護に服する旨意見表明をしていても,監護者が非監護者に対する嫌悪・畏怖を抱くように教え込んできた結果としての表明である場合,自由意思に基づかないと判断した判例があります(最高裁昭和61年7月18日民集40巻5号991頁)。
 子供は,両親が対立している際,双方の機嫌を窺う様になり,監護親を慮って,本意とは無関係に監護親の意向に沿った行動を取ろうとする場合があります。すなわち,非監護親側は,子供の発達段階や生活環境も十分に把握した上で,監護親が及ぼしている悪影響を積極的に主張・立証する必要があるでしょう。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2016年07月27日 | Permalink

児童手当の受給

 児童手当は,家庭の生活安定と児童の成長促進を目的とした公的給付です。一般的な支給要件として,中学卒業までの児童を監護し,かつ,生計を同一にする父母が存在する必要があります(児童手当法4条1項1号イ)。
 実際の支給は,所得の高い方に行われます(同条2項)。そのため,父親が受給していることが殆どです。

離婚準備のために別居した場合の支給先

 妻が子供を連れて実家へ別居した典型的なケースで考えて見ましょう。所得の少ない妻にとっては,親族等の金銭援助が難しい場合,生活費として婚姻費用分担金の支給を受けられなければ,児童手当が生命線になることもまま見受けられます。
 この点,受給権者については,父母の一方が子供と同居し,他方が同居していない場合,同居親が受給権者になることを想定しています(児童手当法4条4項,内閣府Q&AのQ7参照)。そのため,上記ケースの場合でも,離婚交渉のために別居先で妻が児童手当を受給することは,制度自体が予定するところです。

実際の手続について

ア 別居先と従前住所が同一市区町村ではない場合

 児童手当は,法定受託事務として各市区町村単位で管轄されています(児童手当法29条の2)。そのため,支給する地方自治体に住民票があるか否かをもって,自庁で対応するか否かを決することになります。
 別居先の実家が従前の住所地とは別市区町村であれば,妻は自らと子供の住民票を予め移しておく必要があります。子供の住所が変わったことで,従前自治体での児童手当は支給事由が消滅し,夫側への支給が止まります。その上で,妻は,新たな住所地の役場に児童手当申請を行う形になります。

イ 別居先と従前住所が同一市区町村である場合

 支給する自治体に変更はないため,離婚協議中であることを示す証拠の有無によって,妻側が受給できるか否かに変化が生じます。

A 別居後離婚協議開始前の段階
 この場合,受給権者を夫から妻に変更するためには,①住民票上で世帯分離している等の別居関係が示されているか,又は②受給している夫から児童手当・特例給付受給事由消滅届を作成・提出してもらう必要があります。後者については,実際には夫の協力が得られないことが殆どです。

B 離婚協議開始後の段階
 例えば,名古屋市では,①協議離婚申し入れについての内容証明郵便の謄本,②離婚調停期日呼出状の写し又は③離婚調停の係属証明書の写し等を持参の上で区役所に赴けば,妻が単独で児童手当・特例給付認定請求書を作成提出し,受給権者の変更をすることが出来ます。
 当該運用は,多くの自治体で導入されている様子ですので,先ずは離婚調停を申し立てることが手続の第一歩と言うことになります。

ウ DV被害事案の場合

 上記ア・イの場合とは異なり,DV被害事案の場合には,加害配偶者側に対する住所秘匿の関係上,住民票移動も困難な状況になります。そのため,①裁判所のDV保護命令正本,②配偶者暴力支援センターや婦人相談所のDV証明書,③住所地の地方自治体による住民台帳閲覧制限の支援措置決定通知を資料として,子供を専属的に監護している環境にあれば,児童手当支給を実施する通達が出されており,これに沿って対応してもらえます。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2016年06月02日 | Permalink

住民票の移動

 別居した上での離婚交渉に際して,住民票の移動を行うか否か,事前に準備しておく必要があります。

住所の基本的知識

 住所とは,「生活の本拠」(民法22条)であり,「生活の本拠」がなければ「居所」が住所とみなされます(民法23条1項)。
 住所が変更した場合には,変更から14日以内に役場に対して,同一市区町村内での移動であれば転居届,それ以外であれば転出届と移動先役場への転入届を,提出する必要があります(住民基本台帳法22条~24条,怠ると同法52条1項で5万円以下の過料制裁を受ける可能性があります。)

住民票変更のメリット

①別居状態にあることを住民票で証明できる
 家事事件では,客観的な証拠が乏しく,離婚に向けて証拠収集活動が欠かせません。別居開始は,端的な婚姻関係破綻状況の事実関係であり,住民票での立証が可能になります。

②転入先自治体から児童手当等の公的給付を貰える可能性
 詳細は,児童手当の記事をご確認下さい。自治体毎に運用も異なりますが,支給自治体に住所を有していない場合,児童手当の受給が難しくなります。

③転入先自治体で国民健康保険証を作成できる可能性
 就労が困難な状況でも,自ら国民健康保険証を作成することが出来ます(身分証明書としても利用できます。)。ただし,従前,相手方の被扶養者資格で健康保険証を有していた場合,国民健康保険の加入資格を得られないので,要注意です。

④保育園・幼稚園・小中高学校の編入手続が容易になる
 保育施設・教育施設は,各市区町村が管轄であるため,住民票の移動があれば,手続は所定どおりの流れになりますが,住民票を有しない自治体で入所しようとする場合,原則的には受け入れてもらえず,保育園等で広域入所措置をとる場合には要件を満たす必要があったりと,ハードルが高くなります。

住民票変更のデメリットは少ない?

 相手方が弁護士等の専門家に依頼した場合,変更後の住民票を職務上請求して内容を把握できてしまう可能性があります。相手方からDV,ストーカー行為その他迷惑行為が実施されうる場合には,別記事にて言及した措置請求の実施や,住民票移動を控える選択肢も必要となります。
 メリットに比して,デメリットが少なく見えますが,DV案件は当然のこと,長期に亘って相手方にモラルハラスメント行為を受けていたような事案では,何よりも別居先住所を把握されることを危惧する方が多いのが実情です。

住民票変更の時期

 この点は,別居断行から可及的速やかに実施すべきといえます。
 妻が子供を連れて別居する典型的なケースで考えて見ましょう。当該ケースが親権について争いが生じる案件で,夫側としては,別居強行による監護状態継続を阻止するため,妻だけを住民票から世帯分離し,実家等に転居したと仮定します。その場合は,子供の保育施設・学校施設の入所資格が喪失したり,子供の保険証に関して夫側から提供を受けなければ利用継続が困難になります。別居後の養育環境が整わないと,時間を掛けて離婚交渉をする方法が奪われかねません。
 別居をする場合は,事前に住民票移動について準備しておくことが肝要です。


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2016年06月02日 | Permalink

有責配偶者における男女差

 有責配偶者からの離婚請求が,信義則上制限される可能性があることは別記事で取り上げました。では,有責配偶者が男性であるか,女性であるかによって,制限に差異が生じるのでしょうか。

最高裁判例の射程

 有責配偶者からの離婚請求を制限した最高裁判例は,夫側が不貞行為を行った事案でした。そうすると,妻側が不貞行為して未成熟子を連れて別居し,併せて離婚請求した場合は,事案を異にすることから最高裁判例の射程が及ぶか否か,検討の余地があります。
 興味深い裁判例としては,東京高裁判決平成26年6月12日(判例時報2270号63頁)が挙げられます。この事案は,別居期間が僅か2年で,離婚請求が認容されています。別記事で紹介したとおり,男性有責配偶者からの離婚請求は,別居期間の長期化,未成熟子の不存在,他方配偶者に離婚後において苛酷状況が生じないこと等,厳しい要素が求められるのに対して,制限が緩和されているようにも見て取れます。

裁判官の感覚

 判例が統一的な見解を打ち出していない争点については,最終的には個々の裁判官の見識と良心に委ねられています。あるベテラン裁判官の講演においては,有責配偶者からの離婚請求を制限した最高裁判例は,他方配偶者の“踏んだり蹴ったり”状態を回避することを目的としており,その状況は,経済的なものから子供への関与状況も含めて判断した場合,男女間で大差は生じないと語られていました。

実際の状況

 女性側が有責配偶者である場合,経済面で男性側に不利であったとしても,それを承知の上で離婚請求しているのですから,経済的部分での他方配偶者への譲歩は,低廉ないし不必要と思われます。残るは,子の福祉の観点であり,面会交流等で寛容な姿勢を示すことは,少なからず求められるだろうと思料します。
 こうしてみると,結果的には,男性側の有責配偶者に比して女性側の有責配偶者の方が,離婚請求を容認される余地は大きいというのが実情でしょう


投稿者名 柴垣直哉 投稿日時 2016年05月06日 | Permalink