創業の理念にどのように向き合うか?
創業の理念といったものに立ち返るのは、創業者の力量が高く、後進のものはそれに及ばないためだ。
しかし、創業者を乗り越える力量のある者は、乗り越えていかなければいけない。
創業者を乗り越えているかどうかの判断は、実は1番難しいところだろうが、どこまでも客観的な力量で判断するしかない。
・昭和31年(1956年)生まれ
・昭和56年3月 東京大学法学部卒業
・昭和56年4月 司法研修所入所(第35期)
・昭和61年4月 前川法律会計事務所を開設
・平成 9年3月 セントラル法律事務所を開設
・平成 9年4月 名古屋弁護士会(現、愛知県弁護士会)副会長
創業の理念といったものに立ち返るのは、創業者の力量が高く、後進のものはそれに及ばないためだ。
しかし、創業者を乗り越える力量のある者は、乗り越えていかなければいけない。
創業者を乗り越えているかどうかの判断は、実は1番難しいところだろうが、どこまでも客観的な力量で判断するしかない。
本は、その全部を読むべきものだと考えていたが、それは何らかの刷り込みだったように思う。
また、読むというよりも、眺めるというのが正しいように思う。
美術館で、ある構成を持って美術品が展示されているのを眺めていくように、本も眺めていくという感覚で、今はいる。
美術館で作品を見るということ自身、作品の全てを詳細に検討することは難しく、また接するように見ることもできないことが多いので、むしろ図録で確認することが多いように思う。
本も、理解して終りとするだけよりも、そこから何を得て行動するかが重要であると考えると、本の全てを読む必要もないと思う。
本の構成がある程度理解されていて、何か気がついたときに、その場所を探し出せればそれで良い。
表現というのは、文章にする場合もあれば、口頭で述べる場合もある。
文章の場合に明らかになりやすいが、論理の構成を明確にしよう。
1つの文章は、できるだけコンパクトにし、読んで理解しやすい内容にする。その上で、それを受けて、次の文章が来る。その時、前の文章を原因として、次の文章が結果として来る場合(順接)と、前の文章を否定・修正するものとして、次の文章が来る場合(逆接)とがある。
基本的には、順接で文章をつないでいけば良いが、それだけでは広げられないこともあり、逆接で進める必要があることもある。
しかし、逆接を連続しすぎることは、その文章の論理をわかりにくくし、多用するべきではない。
以上に述べたことは、文章の場合だけでなく、口頭で述べる場合も同じだ。
口頭で述べた1つの表現(文章)が、素直に明確であることが必要であるが、人によっては逆の含みも入れたような曖昧な言い方をする人もいる。
しかし、そのような曖昧さは、わかりやすさを遠ざけ、口頭でのやりとりで理解してもらうことには障害となることがある。
口頭での1つの文章は、シンプルであるのが良い。
まず何かに気がつく必要がある。
そのためには、分野を限定せず、むしろこれまで見てこなかった分野を意識的に見ることが求められる。
新聞の全てを見る。
本屋の全てのジャンルを見る。
地図帳の全てを見る。
それについて自分なりに考え、調べ、行動する。
その結果をExcel等で1つにまとめる。
1つにまとめることで、常に立ち返る場所ができる。
1つにまとめたものを次の世代に見てもらえるように工夫する。
次の世代に引き継がれることまで考える必要がある。
ものを保管する場所については、災害があったときの備えとしては、場所を分散した方が良いとは思う。
しかし、ものを楽しもうと思うならば、ある程度保管場所は集中していた方が良い。
この点は、悩ましいところであるが、災害によってものが失われることは、運命であると割り切るならば、ものを楽しむスタイルを取った方が良いだろう。
母親が子供を産んだ後、幼な子が十分な教育・しつけの環境に置かれないことが指摘された。
「グラックス兄弟の母コルネリアヤユリウス・カエサルの母アウレリアの最大の関心事は、息子を育てあげることにあった。(中略)それが今や、母親の任務は子を産み落としたら終わりだ。(中略)幼な子は、無教養で下品な女奴隷たちに囲まれ、彼女たちの下らないおしゃべりを耳にし、なるべく怠けようとしてずるく立ちまわる様を観て育つことになる。」
塩野七生、ローマ人の物語11巻21ページに、歴史家タキトゥスが書き遺した、紀元2世紀のローマの上流家庭での子育て
格差社会では、どこでも均一な環境であることは期待できない。
特に情報化社会でもあると、悪影響から逃れるためには、工夫を要する。
音楽に関する報告があるが、音楽だけでなく、すべてのことについて注意する必要がある。
価値観、宗教観なども含まれる。
現代人は、ネットの中で暮らしており、ネットを利用することによって、本人が気がつかないうちに監視されている。このことにより、ネットは、本人の好むものを紹介するようになる。
このような時代において、新しい気づきをどのように得るか?というのは大事な問題だ。
その方法としては、ネットを利用して結びつきを検索することが考えられる。
例えば、旅行に行ったとき、そこで知ったことをネットで検索し、本や、ものを調べていく。
また、すでにある、1つのまとまった体系の中で、自分の活動を振り返ることも考えられる。
例えば、旅行向けの地図帳や温泉一覧と、自分の活動を比較してみる。
さらに、自分の体系(試案)といったものを作り、それに基づいて展開を考える方法もある。
頭の中だけで考えていて、一歩踏み出せない人がいる。
こうした人は、一歩踏み出した結果として、いろいろな反響があることを知らない。いろいろな反響を踏まえて、改善していく必要があるということを知らない。
一歩踏み出せない人に対しては、何も実験をしないで物理学をまとめられると考えているのかと問いたい。
アートは、孤立した人をどのようにサポートできるのか?
アートは、自分の不安をどのように乗り越えさせるのか?
アーティストは、この点をよく考え、実行していかなければいけない。