1 弁護士の社外監査役に期待される職分

(1)
弁護士である社外監査役が分担する業務としては、重要な会議へ出席し、経営についての意思決定や代表取締役の業務執行などに対して客観的かつ公正な 監査意見を形成して開陳することが重要である。この場合、弁護士である以上、その知識、経験に基づき違法性のチェックを行うことになる。弁護士が社外監査 役として一番期待されるのは、この場面である。

ところが、問題は違法性の一場面として、取締役の裁量の範囲を逸脱した結果として会社や役員の責任が発生する場合があることである。弁護士である社 外監査役として、この裁量についてどのような基準で取り組み、判断するかは重要な問題である。

また、経営についての意思決定(経営判断)は、日々変化する経営環境の中で、種々の要素を考慮に入れ、しかも時間的制限を受けてしなければならず、 きわめて困難な行為となることがある。弁護士である社外監査役として、この経営判断に対して自信をもって臨むためには、経営判断をチェックする確固とした 考え方をもつ必要があるのである。

(2)
経営判断の困難性から、裁判所が経営判断に対して検討を加える際、特別なルールをもつべきであるとする考え方が成り立ちうる。

アメリカ法においては、経営判断の法則により、取締役の経営判断について裁判所が介入することを否定する傾向がある。しかしながら、日本法において は、裁判所は経営判断の内容について踏み込んで判断した上で、取締役の裁量の範囲及び責任を決する運用がなされている。したがって、現在、弁護士である社 外監査役に求められるのは、経営判断について法がいかに適用されるかを見極める能力である。

(3)
経営者による判断と裁判所による判断とは異なる可能性があり、互いにこの点を認識する必要がある。

各種の経営行為について、そのリスクをどうとらえるかは、人によって異なりうる。それは、どの業界での経験が長いかによっても知識・経験の差があ り、リスクのとらえ方が異なるからである。

また、各種の経営行為について、その必要性をどの程度とみるかは、人によってリスクのとらえ方以上に異なりうる。物事を楽観的にとらえるか悲観的に とらえるか経営者の性格も関係する事項である。

このように経営行為に対する判断については、確定的なルールを見出だすということは困難であり、人それぞれの基準があるといわざるをえない面もあ る。しかしながら、弁護士としての経験をもつ社外監査役としては、種々の基準(考え方)がある中でも、裁判所はどう判断するかという基準を理解し、それに 対応する必要がある。弁護士として、裁判所の考え方を経営の現場に伝える必要があるのである。また、逆に経営の現場の考え方に合理性がある場合、それを裁 判所に伝える役割もあるといえる。


投稿者名 管理者 投稿日時 2015年06月26日 | Permalink

2 職務分担制を前提とする業務監査

常勤監査役と非常勤監査役とでは期待される職分は異なる。非常勤監査役の中でも弁護士の社外監査役はその能力に応じた職分があるといえる。これから の業務監査は、こうした職分を組織化し、監査役会として有効に機能することにある。

たとえば、常勤監査役は、監査役監査チェックリスト試案(社団法人日本監査役協会)などに基づくチェックをなす。弁護士である社外監査役は、法の適 用の面で監査を実施する。このような分担の形態もミニマムのものとして考えうる。この分担は会社の業務分野別の分担ではなく、機能別の分担である。

情報化技術が進展し、ネットワーク化が進行する社会では、専門的な監査機能を組織化することが可能であり、また期待される。この機能別の分担を有効 に機能させることが監査役会の役割である。


投稿者名 管理者 投稿日時 2015年06月26日 | Permalink

3 社外監査役による業務監査における判断基準(一般論)

 - 経営判断の法則(原則) (business judgment rule)  

(1)
アメリカ法においては、経営判断の法則(原則)が判例法として形成発展してきている。その内容は、一般的に次のように理解されている。

すなわち、取締役が経営判断を誤って会社に損害を与えても、下記条件を充たすかぎり注意義務違反による損害賠償責任を負うことはない。

1. 当該判断につき取締役が個人的利害関係をもっていない
2. 会社に対して詐欺的行為、不誠実な行為をしていない
3. 重大かつ明白な判断の誤りであるとみられない

なお、法令違反の経営判断は、経営判断の法則によって保護されない。

(2)
これに対して、日本法において経営判断の法則がどのように適用されているかは検討を要する課題である。日本の法律の上でも学者の多くがこれを認め、 下級審判例にこれを正面から認めたものも数件あるとされる(「月刊監査役」NO.328 p.16)。

今井宏姫路独協大学教授は、次のように経営判断の法則の要件を提示している。

1. 法の強行規定に違反しないこと
これは、法律の適用を経営者の判断で排除することはできないからである。
商法の強行規定違反のケースとして三井鉱山事件がある(最高裁一小法廷 平5.9.9判決. 判時1474.17)。    
今井宏教授は、独禁法違反の場合も含むとする。
この点では損益相殺の可否とは基準が異なると考えられる。
 ※ 損益相殺の可否

a 東京地裁 平5.9.16判決(判時1469.25) 野村証券損失補填株主代表訴訟
「不当な利益による顧客誘引に該当する行為(独禁法違反)によって会社が被った損害を認定するに当たっては、(中略)その行為によって会社 に生じた利益をも総合考慮してこれを行うのが相当である。(贈賄行為については、それが会社の利益になったとしても、その支出は公序良俗に反し許されない ものであって、支出額が直ちに会社の損害となるというべきであるのとは異なる。)」とし、損益相殺を認めた。

b 最高裁一小法廷 平5.9.9判決(判時1474.17) 三井鉱山株高値買戻損害賠償訴訟
吸収合併したことにより生じた業績回復、復配、株主安定化などの利益は、自己株式取得との間に相当因果関係がないとし、損益相殺を認めな かった。

2. 当該経営判断に関して取締役の個人的利害関係が絡んでいないこと

3. 経営上の決定をする前に、十分な調査、入念な検討、慎重審議をなすこと


投稿者名 管理者 投稿日時 2015年06月26日 | Permalink

4 社外監査役の調査、判断基準(具体論)

(1)
日本法において経営判断の法則の精神は適用されていると考えられるが、裁判所は経営判断の内容について踏み込んで判断している点で、アメリカ法とは 異なる状況にある。したがって、経営判断の法則の一般論としての理解を前提として、個々の裁判例を検討し、裁判所の考え方のフレームワークを把握する必要 がある。

判例を検討すると、経営判断に対する裁判所の判断は、種々の要素を混然一体として判断しており、経営判断がどのような道筋でなされるべきかについて の明確な指針を示しているとはとらえにくい。

また、判例は、検討すべき要素について全てを採り上げて判断しているわけでもないことがある。

著者としては、判例を通観して、経営判断の道筋をまとめ、その進め方についての一応のモデルをつくることを意図したものである。

(2)
法律専門職である社外監査役は、次の点の調査、判断が必要である。   

(客観基準)   
基準1 当該行為自体の違法性、危険性の判断
業界一般の経済行為及び経営基盤に対する理解が必要となる。

基準2 当該行為が関係者(当該会社、相手方)の経営に与える影響の判断
会社の規模、事業の性質、営業利益の額等に照らして判断しなければならず、企業に対する理解が必要となる。

基準3 当該行為の必要性の判断
当該行為が現在の経営環境の中でいかなる点で必要なのかを明確にしなければならない。この点で瞬間的な判断も必要となる。

(主観基準)
基準4 会社の経営を維持、継続しようという意思、目的かの判断
専ら自己または第三者の利益もしくは損害発生を図るために行ったものであるかどうかを判断しなければならず、経営者との人間的な交流が必要とな る。

(3)
経営判断の法則に立つとき、客観基準の判断をどこまで徹底するかは問題である。客観基準を徹底するならば失敗は全てどこかで客観基準の検討が不十分 であったと考えられるのであり、失敗の全てについて責任が問われることになりかねないからである。しかし、現実の経営判断は、限られた時間の中で動的に行 われている。この点を裁判所はどのように判断するのか興味のあるテーマである。

(4)各基準間の価値の優劣
判例からは、次のようなルールを読みとることができる。

当該行為に危険性があっても、会社本体への影響が軽微であれば、当該行為の必要性が認められる限り経営判断は尊重される。
自社の経営にとっての必要性があっても、それに伴って相手先が被るリスクが明確であるときは、その行為を進めることはできない。(判例 2. 7)


投稿者名 管理者 投稿日時 2015年06月26日 | Permalink

5 判例の具体的検討

 判例の検討にあたり、判例の一応の分類として次のとおりの軸を採用した。
(1)企業の経営状態が、平常時か危急時か。
(2)経営行為が、新規に拡大するものか従前の負担を継続ないし増加させるものか。
番号は後述の判例番号である。

  新規拡大 負担の増大
危急時 810
平常時 11

青:責任について積極判断
赤:責任について消極判断


 

判例1(東京高昭50.1.29 判時 771. 77)
大口取引先の経営状況の悪化を看過し漫然取引を継続した結果、その取引先が倒産した時点で自社の 支払が不能となったケース

(東京地 昭53.2.24 判時 906. 91)
極めて貧困な収支状況下で相当高額の広告申込をなしたことは、経営者に許された合理的裁量の域を 超えたものであるとして代表取締役に職務執行上少なくとも重大な過失があったとされた。

判例3(東京地 昭53.3.2 判時 909. 95)
経営状況が逼迫した状態での借入行為

判例4(東京地 昭55.9.30 判時 1005. 161)
新規の出版

判例5(福岡高 昭55.10.8 判時 1012. 117)
経営が破綻に瀕した子会社に対する融資の継続

判例6(名古屋地 昭57.3.11 判タ 475. 188)
取引先への融通手形振出による仮払金の累積

判例7(東京高 昭60.4.30 判時 1154. 145)
新たに債務を負担すべき契約締結
資金繰りの方途につき全く目鼻が立たず、下請業者に対し下請代金を約束どおり弁済できる見込みが 極めて少なかったにもかかわらず、横浜市から請負った中学校体育館新築工事のうちの木工事を下請させたケース。

判例8(大阪高 昭61.11.25 判時 1229. 144)
下請企業への融資
相手先の営業の失敗からではなく、相手先が融通手形を交換しあっていた企業の倒産に関連して倒産 した。

判例9(東京地 昭62.9.30 判タ 665. 214)
都心の土地買収にあたり、テナントの立退きについて協力する旨の同和団体からの誓約書を取得しよ うとしてそれを取らずに手形を交付したが、結局誓約書をもらえずプロジェクトが実現できなくなったケース

判例10(東京高裁 平1.2.28 判 タ 723. 243)
支払手形の振出
経営の悪化した有限会社の取締役が製品材料購入のため手形を振り出したが結局倒産したケース

判例11(東京地 平5.9.21 判時 1480. 154)
株式投資


投稿者名 管理者 投稿日時 2015年06月26日 | Permalink