判例9(東京地 昭62.9.30 判タ 665. 214)
都心の土地買収にあたり、テナントの立退きについて協力する旨の同和団体からの誓約書を取得しようとしてそれを取らずに手形を交付したが、結局誓約書をもらえずプロジェクトが実現できなくなったケース
<事案の概要>
A社は、マンションの建築、販売を主たる業務とする会社であり、Yは、同社の代表取締役である。
A社は、不動産不況対策として、ワンルームマンションの販売に力を入れて来たが、その販売も思わしくなくなったので、業績回復の最後の手段として、銀座にある某協同組合が所有する土地を入手し、ビルを建築することを計画した。
ところが、その土地上の建物に入っているテナントの立ち退きについて、横浜の同和団体が取り仕切っており、2億円を要求してA社らに圧力やデモをかけて来たため、この計画はいったん挫折した。
ところが、その後、協同組合の方からぜひもう一度やって欲しいとの要望があり、A社と協同組合間で土地の売買協定を締結した。そこで、Yは、横浜の同和団体と話をつけるため、全日本同和事業推進連盟の総本部会長を紹介してもらい、同人との交渉の結果、横浜の同和団体のほか7、8の各種団体が本件プロジェクトを妨害しないという誓約書と引換にA社振出の合計1億5000万円の約束手形を渡すことにした。この誓約書が取得できれば、資金を出す予定の会社は数社あり、手形の決済は十分可能であった。
そして、A社が約束手形を持って総本部会長方を訪れたところ、誓約書は明日渡すと言われて手形だけを取られた。結局、その後も誓約書はもらえず、本件プロジェクトは実現できないまま、A社は、不渡りを出して倒産した。
<結 論>
責任について消極判断
<判 断 基 準>
基準2 当該行為が関係者(当該会社、相手方)の経営に与える影響の判断
当該会社の規模から1億5000万円の手形の決済は困難であったとみられる。
しかし、① 同和団体から各種団体が本件プロジェクトを妨害しないという誓約書が取得できれば、資金を出すという会社が数社あった。② 手形の支払期日も3か月と4か月先で余裕があった。したがって、1億5000万円の手形の決済がただちに不可能という状況にはなかった。
基準3 当該行為の必要性の判断
(一般判断)
そもそも、会社は営利の追求を目的とする企業であり、その存続発展を図るためには、他に先んじて実行することが必要であり、そのためには相当な危険が伴うことは当然である。特に零細企業ではなおさらである。
(個別判断)
本件プロジェクトは当該会社にとって業績回復のための最後の手段というべきものであって、何としてでも実現しなければならないものであった。そのためには、多少の危険は冒してでも実行せざるを得ないものである。
<考 察>
裁判所は、本件の場合、当該会社の倒産を免れるための最後の機会ともいえるものであるから、相当の冒険をすることも許されるものとする。それだけ基準3(当該行為の必要性の判断)を優先するものである。この点で、判例2.7.と異なる価値基準を示すようにもとらえられる。
しかし、本件においては、判例2.7.のケースと異なり、本件プロジェクトは、実現の道筋はあったものであり、この点で自社の必要性を相手先が被るリスクよりも優先したものである。その他、本件プロジェクトは協同組合の方からぜひもう一度やってほしいと要望があったことが契機となり始められたことも重みがあったと考えられる。
なお、裁判所は当該会社の倒産を免れるための最後の機会ともいえるとするが、はたしてそう断定できるかは疑問である。およそ経営において「倒産を免れるための最後の機会」というものを持ち出すこと自体、経営を千載一遇の機に乗ずるものであるかのごとくとらえる点でおかしいと考えるからである。
経営というものは、あくまでも不断の合理性の追及であり、経営においては、最後の機会かどうかが問題ではなく、それが合理的かどうかが問題であると考えるべきである。